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仕事以外真剣。

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「真剣にやれ!仕事じゃねぇんだ!」人生の師と仰ぐタモリ氏の名言に従って生きることに決めました。

My Favorite Cars⑦ フェラーリF40



そこに神は宿る。






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1986年初夏、フェラーリ社総帥エンツォ・フェラーリは部下の前でこうつぶやいた。


「昔のようにサーキットでレースを走り、そのまま走って帰れるような車をもう一度作れないだろうか・・・」


エンツォ・フェラーリが自らの自動車会社を創設したのは1940年代の終わり。その頃のサーキットレースはカテゴリーが現在と比べるとまだ曖昧であり、1950年に選手権が開催されるまで、フォーミュラー・カーと言う物も無かった時代の話である。
実にその当時、フェラーリは250GTOに代表されるようなサーキットに乗り付け、レースを走り、そしてまた走って帰る。いわゆる「公道を走れるレーシング・カー」の製作に心血を注いでいた。
「車を売っているのはレースの資金を稼ぐ為である。」と公言してはばからない創始者にしてもっともな話である。


ところが60年代、70年代以降になると自動車レースに対する規定が整備されはじめた他、オイルショックや北米で新設された衝突安全基準への対応、もちろん自動車が加速度的に大衆化された影響もあって「公道を走れるレーシング・カー」といったコンセプトそのものの維持が難しくなり、365GTBデイトナや308、そしてテスタロッサなどレーシングカーに近いほどの高性能ではあるものの、ラグジュアリー要素の強い、言い換えればそれほどトガった物を持ち合わせていない、高級スポーツカー・メーカーとしてその地位を確立していった。


しかしそんな中でもエンツォ以下、フェラーリ社の誰もが「公道を走れるレーシング・カー」への情熱を忘れてはいなかった。


恐らく冒頭のエンツォの言葉はフェラーリ社役員全てが想っていた事なのだろう。
この一言はフェラーリ社の眠っていた本当の実力が再び解き放たれた瞬間だったのかもしれない。
エンツォの一言から数える事わずか1年、1987年7月にその想いは具現化される。
その年がフェラーリ社創設40周年であった為、その車はF40と名付けられた。
余談であるが、フェラーリが製作した車でも特に歴史に残るようなモデルの中にはきわめて短期間で開発された例が少なくない。



さて、このF40のスペックであるが、「公道を走るレーシング・カー」のコンセプトに恥じない驚愕の技術が盛り込まれている。

エンジンはV8、3000ccツインターボで478psを発揮。当時F-1の世界で鍛え上げられたターボエンジンの技術を惜しみなく投入。
ちなみにフェラーリ社がターボエンジンを市販車に採用したのは後にも先にもF40ただ1車種のみである。





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ボディーは市販車で初のフルカーボン・モノコックで作られ、それこそレーシング・カー同等の軽量、高剛性を実現。3リッターのエンジン、2mを越すほどの車幅を持つF40の車両重量がわずか1100kgに過ぎず、片側のドアパネルの重量はなんと1.6kgしかないのだから驚く。
そしてサブフレームに取り付けられるサスペンションはAアームのプッシュロッド式ダブルウイッシュボーン。これはF-1マシンに採用されているレイアウトそのものであり、リアに至ってはギヤボックスに直にマウントされる所までレーシング・カーと同じ構造を持つ。

そして更にミッドシップに積まれるエンジンとギヤボックスがサブフレームとともにボディに固定され、横剛性を稼ぐ為の強度メンバーとして設計されているのだからこのF40がレーシング・カーと違うところは、「2人乗り」である点のみと言っても過言ではない。



発売された1987年、そのころ日本はバブル経済と呼ばれる超好景気下にあり、F40の絶対的な生産台数の少なさに関わらず非常に人気が高かった為4500万円という価格にプレミアが付き、一時期にはその価格は一台2億円にも跳ね上がった。


もちろんF40はそんなお金持ちのコレクションの為だけに作られたわけではない。
F40をベースにGTレースに参戦するチームも増え、フェラーリ社もそんな純レーシングチームの為に、ノーマルより更に性能を高めたF40エボルツィオーネを限定で生産、販売し、ノーマルのF40もその高い人気の為、計画よりも大幅に生産台数を拡大。1992年に生産が終了するまで1200台近くを世に送り出した。




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エンツォの一言から1年後に産声を上げた史上最高の市販車。
その完成を一番喜んだのは他ならぬエンツォ自身であり、完成した車を見るなり若き日を思い出したかのように歓喜の声を上げたという。

そしてF40の完成を見た丁度一年後の1988年7月、、己の人生全てをクルマに捧げ、「神様」と呼ばれた偉大な創始者は91歳でこの世を去った。


エンツォ亡き後もフェラーリはスペシャルモデルとして「F50」や「エンツォ」を世に送り出したが、今でもその性能以上にF40には他に無い特別な、人を惹きつける何かを持っていると思う。少なくとも私にはそう感じる。

それはやはり、「神様」が作り出した最後の作品であるからなのかも知れない。
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by jpslotus2000 | 2006-05-04 20:40 | 車好き。 | Comments(5)
Commented by よう at 2006-05-07 14:47 x
こんにちは~☆
F40・・・・やっぱり素敵ですね!
どうがんばっても私には買えないけど!笑


今、日本でBOSSとかのコーヒー会社が共同で、フェラーリの名車72分の1スケールモデルが2缶に1つ付いてくるキャンペーンをしているのをご存知でしょうか?

全部で7種類、F40もF50もエンツォももちろんあります☆

子供ですが、大人買いですべて集めました!
72分の1にしながらこの存在感はさすがです!!
Commented by jpslotus2000 at 2006-05-08 16:48
attn:ようさん。

はじめましてこんにちわ~。
最近もやってるんですね~、缶コーヒーのオマケシリーズ。
昔、ダイドー・デミタスコーヒーで「日本の名車シリーズ」やった時は私も大人買いしましたさ~・・・

ところでワタシにとってフェラーリはやっぱりエンツォがまだ生きていた時までなのですが、ようさんはどうですか?
なんかね、エンツォが亡くなった後のフェラーリって商業主義が強い感じがして何とも・・・
Commented by ぴんく at 2006-05-10 02:10 x
今回は最高ですね~♪いいですね~
先日のスーパーカースーパーカーでもF40いたよん
ついでに河村隆一のも見ました!すごいよあれっっ
缶コのおまけで最近ヒットは
http://www.lawson.co.jp/go_lawson/pick_up/ferrari/
2缶で1つだけど、いつもの倍以上の大きさでとても良くできてたよ♪
Commented by jpslotus2000 at 2006-05-10 20:42
attn:ぴんく。

河村隆一(久々だなこの名前:笑)もF40乗ってるん?
ってか彼の348は見たことがあるけど、あんなにエアロ完全武装の悪趣味なフェラーリははじめて見ましたがね(笑)。
オゲレツ具合ではケーニッヒ・テスタロッサとかなり張る。
Commented by フェラーリ at 2007-05-30 12:06 x
フェラーリF40いいっすね!「昔のようにサーキットでレースを走り、そのまま走って帰れるような車をもう一度作れないだろうか・・・」エンツォ・フェラーリらしい。確かに神の宿る車!