My Favorite Cars③ ベネトン B188
速い者は美しい
ターボエンジンが全盛を極めていた1980年代後半のF-1、唯一フォードだけがコスワースDFZと呼ばれるノンターボ(NA)エンジンをコンストラクターに供給していた時代がある。
但し勝つ為にはターボエンジンでなければならなかった当時、フォードも他メーカーの例に漏れず、1987年にただ1チームにだけターボエンジンを供給していた。
しかしパワーのありすぎるターボエンジンへの危惧、そして日本のエンジンメーカー、ホンダの圧倒的な強さに歯止めをかけるべくFIAは1987年シーズン終了直後に、1988年をもってターボエンジンは禁止、’89年からは全メーカーNAエンジンというレギュレーションを発表する。
結果的にこれは’88シーズン終了まで”勝てる”ターボエンジンで戦うか、それとも来たる’89シーズンに向けて’88シーズンをNAエンジンの開発期間と捉えるか、2つの選択肢を各メーカーは迫られた事になる。
しかしターボ全盛の中、唯一NAエンジンを供給し続けてきたフォードだけは違っていた。
DFZという充分に実績のあるエンジンを中堅チームに供給する傍ら、’89年に向け他メーカーより一足早く新世代NAエンジンを開発、そのコスワースDFRと呼ばれる新型はただ1チーム、しかもターボエンジンを使っていたのと同じチームへ供給された。そのチームこそがベネトンである。
この新世代DFRエンジンを搭載したマシンはベネトン B188。
ちなみにベネトンと言うとイタリアのアパレルメーカーを想像する方も多いと思うが、このチームはまさしくそのベネトンが母体である。
アパレルメーカーらしくポップなカラーリングもさることながら、シャープ&シンプルなデザインが主流だった当時のF-1マシンの中では異例とも思える程グラマラスなボディーはデザイン的に日本でも非常に人気が高かったと記憶している。
このボディーのデザインを担当したのはロリー・バーン。
彼はこの後フェラーリへ移籍し、現在までにミハエル・シューマッハーを5年連続ワールドチャンピオンへ導いたマシンを作り続ける事になる。
しかし当然ながらいくら新開発NAエンジン搭載とは言え圧倒的なパワーを誇るターボエンジンには一歩及ばずこの年は勝ち星こそ挙げられなかったが、No1ドライバーのティエリー・ブーツェンは常勝マクラーレンに次ぐ3位表彰台に幾度と無く登り、No2ドライバーのアレッサンドロ・ナニーニも前年までの低迷がウソのような大躍進を遂げて見せる。
そのパワーに劣るNAエンジンと共に、”怪物”ターボエンジンと互角に渡り合うベネトン B188の姿はボディーのデザイン以上に美しくもあり、力強くもあった。
直接メールしたかったんだけど、アドレスなくしちゃって・・・・
本文とまったくカンケーないんだけど、頼み事があります。
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自分の会社が新しくお店をオープンしますが、人が集まりません。
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ところで、ビザ取得おめでとう!こっちも夢に向かってまっしぐらです。
(来年には部長になっていそう!)
お久しぶりです。おかげさまで何とかワークビザおりましたありがとうございます。
Oratさんも忙しそうですね~!!アルバイトの件ですが、あいにく自分の日本の友人は皆社会人でして、残念ながら紹介できる人が思い当たりません・・・
もし、だれか思い当たる人が現れればご連絡させていただきます。
これからも頑張ってください!!